ゆるすぎ婚活ゆるゆるブログ

27歳、大人になりきれない大人の人生巻き直しファイル。婚活・恋活ブログ。

考えるのをやめるって難しいねって話

将来のこと

過去の恋愛

自分の価値

誰かを傷つけたかもしれない自分のあの言葉

わたし、これから彼氏とかできるのかな?

結婚できんのかな?

もしかして一生一人じゃね?

あれ?私って嫌われてる?

あの時の自分の判断は正しかったのか否か

はたして自分はこのままでいいのだろうか?

 

これらはみーんな、考えても仕方のない問題たち。

考えても意味がないって分かってる事ほど考えてしまわない?

ほんとに悩まされる。吐きそうなほどに。

 

これら全ての問題の原点を遡っていくとひとつになる。

 

フォーカスが全て他人なのだ。

自分が他人にどう思われるか?に価値を置いてしまっている。

 

これでは自分の幸せを他人に託してしまっている状態。

 

本来は、他人が自分に対してどう思うかよりも

「自分はどう思い、どうしたいか?」に重点を置いて考えるのが自然なことだと思う。

 

人間は大きく分けて、他人目線と自分目線、2種類に分けられるなと感じる。

どちらかというと私も他人目線で物事を考えて自ら不幸に陥るタイプだ。

 

思えば、6年近く付き合った彼に

「こんなに結婚の話をしているんだから、行動に移してくれたらいいのに。

婚約さえしてくれれば私は変われるのに。」

 

なんて思っていて、自分の幸せを彼任せにしていた。

当然そんな恋なんてうまくいかずに、長い春で終わってしまった。

・・・ちょっと話長くなりそうだからこれに関してはまた後日別で投稿しよう。

 

とにかく他人目線で物事を考える癖がついてしまうと本当に何をしても不幸になる。

砂場に水を流すと川ができるように、一度癖がつくと軌道修正は難しい。

だから無理にでも流れを変える必要があるよね。

 

私は6年近く付き合った彼と別れ、側にいるのが当たり前だった存在が皆無になり

精神的に無一文の状態になって初めて、こんな思考回路は不幸だと気付いた。

 

だから別れたことは後悔していない。

厳密にいうと、ものすごく反省しているし彼に申し訳ないことばかりしたなと思うけど

それ以上にこの学びは大きかったと思っているので後悔はしていないです。

 

私は彼が側にいるのが当たり前だと思っていたし、その存在に感謝することさえ忘れていた。当たり前じゃなかった関係が6年も続いていたなんてむしろ奇跡で、感謝しかない出来事だった。

 

仮に、あのままトントン拍子で結婚までいったとしても、こんなに大切なことには気づけなかったと思う。別れたからこそ感謝できるし、次こそは絶対に同じ過ちを起こすまいと思っている。

 

だからこそね、自信をもって生きていきたいなと思いました。

なんの根拠がなくても私は、なんの根拠もない幸せを信じて生きてやると。

仮に生涯独身だったとしても私ならきっと素晴らしい人生を歩めるはずだと信じています。